| 【今月の一言】 過去ログ集 |
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| 9月の一言 |
西 泰仁
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仏教は、釈尊入滅後二千五百年もの年月を経た現在も、日本はもちろん東アジアの国々で信仰されております。これだけ長い月日が経過しても多くの人々の信仰を集めている仏教ですから、ただそれだけを考えても、その教えの素晴らしさを感じずにはいられません。しかしながら、いかに釈尊の教えが素晴らしいといっても、こんなに長い時間伝承されるためには多くの転機を迎えたであろうことは容易に想像がつきます。
仏教教団に於いて、一番最初の転機といいますと、釈尊の入滅だと思います。
釈尊から直接説法を受けることが当たり前であった時代から、それが叶わぬ時代へと移り変わったのです。
釈尊の弟子達は、大迦葉、阿難、優波離などを中心として釈尊の教えを後世に伝えるための結集を行います。この結集があったればこそ我々は仏教のご縁に預かることが出来たということは疑いのないところではありますが、もう一つこの時代に現在の仏教を形成するためには欠かせない重要な出来事が起こっております。
釈尊の入滅を聞いた諸方の国王や有力者たちは、クシナガラに集まり、釈尊の舎利(遺骨)をめぐる争いが起きそうになりました。国王たちは象の軍隊等を動員し、それぞれが遺骨の一部を受ける資格があることを主張したため一触即発の事態を招きます。その時、ドーナ(パーリ語、サンスクリット語ドゥームラ)というバラモンが仲裁に立ち、「釈尊は欲情を離れ、安穩であり忍辱を説く人であったから、その遺骨のために争うことは釈尊の教えに背くことになる。よって互いに譲り合い遺骨を八つに分割し、それぞれの国王が均等に所有してはどうか」ということを提案し、その結果、国王達はそれを受け入れ自国に分配された舎利を持ち帰り、それぞれ舎利塔を建立し丁重にお祀りしました。
ここで注目すべきは、釈尊入滅後に仏教の伝承における二つの流れが出来ていることです。一つは前述の結集を行った釈尊の教えを守ろうとするものたち。そしてもう一つは釈尊の遺徳に帰依するものたちです。これは、現代における我々僧侶と檀信徒がそれぞれの流れを汲んでいると解することができると思いますが、これらの二つの流れがなければ今日の仏教は無かったかもしれません。さらに言うと、現代もそうです
が、恐らく釈尊入滅当時も、そして今日まで続いてきた仏教の二千五百年の歩みの中でも、在家の仏教信者の数が僧侶の数を圧倒していたことと思います。
そう考えると、仏教伝承の歴史の中で、多くの高僧や名僧が誕生し、今日の仏教の礎を築いてこられたわけですが、その伝承の主役はというと、それぞれの時代に於いて、ひたむきに仏教を信仰してこられた数多くの一般の在家信徒だったのではないでしょうか。
私もご縁あってお寺を通じて檀信徒の方々と接する機会がございますが、お寺に来られる一人ひとりが仏教伝承の担い手であるという認識を深め、日ごろの活動につなげたいと思います。
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| 8月の一言 彼岸(会) |
亀山 亮禅
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「密教辞典」によりますと春秋二期彼岸には寺院では法要を営み、民間にては仏事・参詣・供養等の行事をなすとされています。
1)昼夜の長さが等しく両岸を比するに左右均等なので比岸。
2)日出日没の両岸、彼の地と彼の地と等しいが故に彼岸。
と書く2説あるそうです。また時分相応の故に所作成就するといわれています。
明治6年以降太陽暦を用いて毎年三・九両月の二十日前後一週間と定まりました。春分秋分はこれを彼岸の中日と称し、昼夜均等にして太陽は正東に出でて正西に没し、仏法の中道を標します。気候も又寒暑の中間にあり仏会執行の好節です。
皆様の所では何かされますか?うちでは母がおはぎを作るくらいです。でもなぜお彼岸におはぎを作るんでしょ?理由を良く知りません。ご存知の方いらっしゃいましたらお教え下さい。
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| 5月の一言 山 |
藤本 賢道
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私はある時期に、山へ登る修行に出会いました。最初は体力的にも自信があり、山へ登るという感覚で登り始めましたが、登るたびに段々と全身が言うことを効かなくなり、体力や精神力が無くなってきました。でも、数人で登っていたので自分だけがここでやめるわけにはいかないと言う気持ちがありました。そして、自分だけが辛い思いを感じているのではない。一緒に登っている人たちも同じ思いをしている、がんばって登るという気持ちが出てきました。すると、一歩一歩と足が前に出るようになり、一心に登ることができました。そういう気持ちが互いに分かり合えるような信頼感が持てることに喜ぶことができました。
自然の中にはいることによって無心になり、一心に目標に向かって頂上にたどり着く達成感が生まれ、山に登る修行で自分自身に自信が持てる、そんな素晴らしいことの中で、仏さまの教えに導かれることに感謝します。
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| 3月の一言 賽銭考 |
鹿野 融弘
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30年前の資料ですが、日本全国には約75,000の仏教団体、すなわち「お寺」があり、海外には約300ヶ寺、真言宗御室派のお寺も約800ヶ寺にのぼります。宗祖の教えや儀式の違いによって、各宗派の寺院に置かれる仏具も様ざまですが、どのお寺にも必ずあるものといえば「賽銭箱」ではないでしょうか。その他、神社にも、また私が訪れたキリスト教の教会にも、賽銭箱らしきものが置いてあったように記憶しています。
賽銭について辞書を開いてみますと、「神仏に対して祈願してささげる銭貨をいう。社寺に詣でて後日、祭儀を行なう費用を献じた意味からきたものらしい。しかしシナの八世紀ごろの文献には散銭の語でこれを意味し、古神道では散米と同様に祓いの行事として銭をまいたというから、これが混合して行なわれ、中世以後は社寺に賽銭箱が置かれるようになった。〈『書言字考節用集』〉」(中村 元著 『仏教語大辞典』上巻)とあります。散銭については、「賽銭。神仏にささげ、信心を表す銭。〈『世間胸算用』〉」(中村 元 前掲書)と解説されていることから、賽銭とは「神仏に対する祈願や信心を表すために捧げる銭貨」と捉えることができます。 寺社を訪れ、境内を散歩しつつお堂やお社の正面に立ち、財布から小銭を出して賽銭箱に投げ入れ、手を合わせて日々の健康や幸運を祈る・・・。なにげなく行なわれる一連の動作ですが、賽銭を入れる行為は、手を合わせて祈る行為を促す準備の段階であると考えられます。そこには、神仏に対する祈願への対価として、賽銭を「捧げる」というよりも「支払う」という感情があるはずですが、むしろ賽銭を入れることで、より自然に、躊躇なく、堂々と、手を合わせて祈ることが出来るのではないでしょうか。つまり、賽銭を入れる行為と手を合わせて祈る行為は、時間的な隔たりをもって行われるのではなく、「連続した祈りの行為」であると考えられます。極端な例を挙げれば、賽銭を入れただけで帰ってしまう人を見かけないように、手を合わせて祈っている人は、すでに賽銭を入れていると推測されるのです。 賽銭の持つ役割とは、神仏と対面する扉を開き、手を合わせて祈る行為を導き出すのに欠かせない、一種の“鍵”なのかも知れません。 以上、賽銭について考えてみましたが、最後に外国の賽銭事情を紹介します。以前、チベットの寺院を参拝したとき、面白い光景を目にしました。それは、“賽銭のおつりをもらう”ことです。チベット民族、またチベット人として認知されているものの、政治的には中国の一地域であるチベットでは、中国の通貨「元」が流通しています。例えば1元の賽銭をしたいのに5元しかない場合、5元を捧げて4元をおつりに持っていくのです。ちなみに、賽銭箱というものはなく、仏像の前に置かれたボールのような器や、仏像が安置されている台の隙間などに、むき出しの状態で「元」紙幣がありますから、捧げることもおつりをもらうことも自由に出来るわけです。しかし“おつり”とは・・・。チベットの寺院で賽銭に手を出している人を見かけても、咎めてはいけません。おそらく“おつり”を探している人でしょうから。
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| 1月の一言 感謝の心 |
樫本 寛済
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新年明けましておめでとうございます。どなた様におかれましても、素晴らしい年をお迎えの事とお慶び申し上げます。
さて、寒い日が続いておりますが風邪などひかれていませんか。平成15年は大師入唐1200年にあたり、高野山真言宗では大々的に事業を計画され、沢山の参拝団を中国に派遣される予定でしたが、中国を中心に世界に広まった新型肺炎「サ−ズ」のお陰で中止に成ったようです。記念の年に非常に残念でしたね。
私においては昨年2月26日に待望の第一子を授かりました。その時の様子をお話します。
予定日は23日、そろそろかなと心配しながらも17.18日、京都種智院大学「秘蔵記講伝」を受講。自坊に帰ってからは40度近い熱、妻を助けるつもりが「夜遅くまで遊んで・・・役立たずの旦那」と看病され「今、陣痛に成ったら病院へ連れて行けるかなぁ、情けない」と看病を受ける。
二日目の夜、我慢出来なくなり無理を言って病院へ、お陰で熱が下がり「もう大丈夫」と動くと再び熱で病院へ。先生もおかしいなぁ、首を傾げながら診察。インフルエンザでも無いしと注射をして貰い熱が下がった。やれやれこれで楽に成るわと思った矢先、今度は顎の下が腫れ上がり病院へ。先生に「風邪からリンパ泉が腫れたんですかね」と尋ねると、「おかしいな取りあえず冷やして様子を見て」と診察終わる。すると次の日に何と歯が痛くなり法事を早く切り上げる。あいにく日曜日で片っ端から電話するも何処の歯医者もお休み、一軒何とか無理を頼み診て貰うも、「おかしいな痛みが出る程の虫歯に成って無いし、取りあえず痛み止め飲んで様子をみよう」と言われ帰って来ました。
帰り道、もしや次々病気に成るし先生もおかしいなを連発、抵抗力が落ち良からぬ病気に成ったのでは(昔の行いが・・・)と頭を過ぎる。次の日、妻が診察に行く総合病院の方が良く診て貰えるだろうと診察を受ける。結局、歯の根元が病気に成り、たまたま風邪と歯痛が重なった様でした。「ああ悪い病気でなくてと」胸を撫でおろしました。一時は生まれて来る子供にも逢えないかもと真剣に心配しました。お陰様で何とか出産にも立ち会え、元気な女の子を授かりました。
丁度その頃、新聞で教師を目指し大学で勉強している女の子が途中で目の病気にかかり失明するも何とか友達に助けられて卒業し、卒業後は取りあえず鍼灸師の勉強をされるが、まだ教壇に立つ夢は捨てていないと言う記事を見かけ、その熱意に感動しました。日頃、健康が当たり前と何とも思わず生活するも、この度ほど健康で生活出来きるとはありがたい事なんだなぁ、私達の周りは感謝で一杯だなぁ。また命の誕生に接し、自分一人の命ではなく、やはり生かされた命・ありがたい命。「感謝して日々精一杯生きていかなあかんなぁ」と実感しました。どうか皆さん健康には気を付け感謝の心を忘れず一年間頑張りましょう。
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| 12月の一言 般若心経の話 |
宮原 大地
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お参りに来られた方や、巡拝に行くと「般若心経」の意味を
教えて下さいとよく質問されます。
そこでいろいろ著書を読み勉強いたしました。
一般的にお釈迦様が説かれた「般若心経」は顕教の経典であり、
密教の経典でもあり、自力、他力を超越した、仏教徒
のみならず、一般大衆が読誦される経典であるとされて
います。「般若心経」は最も短い経典でありますが、仏教の
中心思想を説いている経典であって、単に空のみを説いて
いるのではなく、経題及び経中に般若波羅蜜多の語が多い
ので、知恵到彼岸の経ともいうことができますが、これは六波羅
蜜の修行により、色即是空、空即是色を諸法の実相と観じ、
中道による自利々他の菩薩行を成満して、菩提涅槃に到達
する事が説かれた教典であると考えられています。
お大師さまの教えは、大乗仏教とは哲学の仏教ではなく、
経典独自の功徳を説いたもので、一字一字の意味に、
その功徳があるとするより、何度も何度も読誦することで、
「般若心経」そのものを感得し、その結果として、利益広大
となることを述べられています。
毎日しっかり「般若心経」をお唱えしましょう。
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阿弥陀如来根本陀羅尼の話
福島 智生
ノウボウ アラタンノウ タラヤ−ヤ− ノウマク アリヤ−ミタバ−ヤ−
タタギャ
タヤ− アラカテイ サンミャクサンボダヤ− タニャタ オン
アミリテイ アミリトドバンベイ アミリタサンバンベイ アミリタギャラベイ
アミリタシッデイ アミリタテイゼイ アミリタビキランテイ アミリタビキランタ
ギャミネイ アミリタギャギャノウキチキャレイ アミリタドンドビソバレイ
サラバアラタサダネイサラバキャラマキレイシャ lキャシャヨウキャレイ
ソワカ
これは阿弥陀の大呪とも言われ、源氏物語の中に出てくるほど有名な陀羅尼です。
凡その意味はと申しますと、
仏法僧の三宝に帰依します。聖なる無量の光の如来様よ
供養に値する方よ
完全な覚りを開かれた方よ すなわち 最高に気持ちの良い方よ 最高に気持ちの良
いものを生む方よ 最高に気持ちの良いものが生ずる方よ
最高に気持ちの良いものを持っておられる方よ 最高に気持ちの良いものを完成
させる方よ 最高に気持ちの良い光の方よ 最高に気持ちの良く自由な方よ
最高に気持ちの良く自由に振舞われる方よ 最高に気持ちの良い言葉を発せられる
方よ 最高に気持ちの良い音を出される方よ 全てのことを完成させる方よ 全ての
悪いことや悪い因縁を除滅させる方よ 祥あらんことを。
この陀羅尼は阿弥陀如来様をめいいっぱい褒め称えています。如来様も誉められれ
ば嬉しいものです。ましてや私たち凡夫は誉められれば嬉しいのは当たり前です。とこ
ろが私たちはついつい誉めることを忘れてしまいます。叱る事は時には大切ですが、基本
は誉めることです。人にせよ、ペットにせよ、全てのものを。そんなことも、この陀羅
尼は私たちに教えてくれています。
先祖供養の際に、最もよくお唱えされるこの阿弥陀如来根本陀羅尼をお唱えする際
には、誉めることの大切さにも是非とも心を傾けてみて下さい。これだけ褒める言葉
を与えてくれればご先祖様方もきっとお喜びになられるはずですよ。 合掌
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涅槃の話
※2月にいただいていた原稿ですが、私の怠惰で今頃のアップになりましたこと
深くお詫び申し上げます。(立部瑞真) 村田 俊裕
今年になってはやもう2月になってしまいました。このページの依頼は年末に頼まれていたのですが、なかなか書けずに今日まで来てしまいました。2月には節分もあるし、何と言ってもお釈迦様の涅槃会があるから話題には事欠かないだろうと思っていたのがこの始末です。申し訳ありませんでした。あわてて書こうと思ったら、めったに触らないパソコンの調子が悪くて、プリンタは字を打ってくれないしと、今、手書きで書いております。皆さんには関係ないですが、担当の立部さん、ごめんなさい。きたない字で。
さて、いよいよ差し迫ったお涅槃ですが、岡山でも各地で催されています。何せ長い法要ですので皆さんいろいろ苦労して工夫されて行っておられるようです。四座の中から少しずつ組み合わせて一つの次第をつくってみたり(私たちはこのやり方でやっています)、一年ごとに一座ずつ行ったり、檀家さんにも御詠歌などで参加してもらったりと、頭を悩ませております。少しでも良い法要にしたいとは思うのですが、年に一度のこと、2〜3度直前に練習してあとは本番ってことになります。
世の中では2月14日というとバレンタインデーという一大ビッグイベントの真最中ですが、お釈迦様のお涅槃という仏教徒にとっての一大ビッグイベントをどうアピールしていこうかと毎年頭を悩ませる時期であります。
あと、仏典のお涅槃のところを読んでいて気になったことがあります。猫好きな私には残念なことですが、お釈迦様が亡くなられたとき52種類の生き物が集まって嘆き悲しんだと書かれてあるのですが、その中に猫が入っていないのです。猫はお化粧に忙しくて集まらなかったというのです。そういえば干支の中にも猫は入っていませんが何か共通することでもあるのでしょうか?一説にはネコはトラ科だから重複しないようにはずしてあるのだとか。こんなに身近な動物なのにと思うのですが。涅槃図を見ても何が何だかわからない生き物がたくさん描かれてありますが、いちいち52種類数えてみるのも面白いかもしれませんね。(本当に52種類描かれているのでしょうか?)
早速、涅槃図を出して掛けてみなくては! |
漆の話
盛田 栄海
我々、寺で暮らす者にとって身近な漆製品、取り分け仏具類は殆どが漆を塗った物であり、金物の中にも千徳仕上げとは漆の焼き付け塗装で有る事は皆さんご承知の事と思います。私の地元、香川県は、江戸時代より漆器作りの盛んな土地で讃岐漆器として日本国内でも有数の漆器の産地であります。
そんな香川に暮らしながらつい数年前までは漆のことなど殆ど知らず、漆はかぶれる、漆製品は高価である程度のことで過ごしておりました。所がある不思議なご縁から、高松にある一般の方も自由に習える漆教室に習いに行き出して早数年になり、少しばかり漆について知ることが出来ました。そこで今回はほんの少しではありますが漆器のことをお話させていただきます。
讃岐漆器の特徴は盆とか椀、座卓、鉢物など日用品が多く作られているようです。技法としては最もポピュラーな刷り漆(葺き漆)、象谷塗り、コマ塗り、後藤塗り、等であり加飾の方法として、キンマ、堆朱、堆黒、彫漆、存清、蒔絵等があります。とくにキンマに関しては人間国宝の方が二人おいでる位い盛んです。
一口に漆製品といっても先のごとく多種・多技に渡るのであり最も簡単な刷り漆(木地の木目が見える)でさえ木地に数度漆(生漆)を塗り重ねなくてはならないのです。最高級品にいたっては木地もしくは漆を塗るために形を作った形に生漆を三度かけ糊漆(香川では半田漆という)で布張り(麻又は絹)その上に地の粉、キリ粉、砥の粉と二度づつ粉に水を混ぜ漆を加えよく練ったものを塗っては研ぎ塗っては研ぎの繰り返しで下地を作りその上に捨て漆(生漆に松煙を混ぜたもの)を二度塗りその上に黒漆又は朱漆、色漆等を二度以上キンマなら八回以上、彫漆なら数知れず(百回塗って3mm)塗って仕上げ(漆は一回一回乾かしては研ぎの繰り返しですそれと乾くのに24時間掛かります)、その後加飾というように途方もなく手間の掛かるものだと知って漆の製品が高価なのも少し納得できましたでしょうか?ただし中国製とカシュウ漆は多少安価です。
加飾に関しては長くなりますので今回は申しません。
漆は元々木製食器の堅牢さと水漏れを防ぐために塗られ始めたといわれています。それが時代と共に、又技法の多様化と共に、そしてあの黒漆に代表されるように漆の深い輝きが多くの人々の心を捉え、多くの日用品、身の回りの木製品にも使われるようになるのです。
最後に漆製品は乾燥に大変弱く乾燥しすぎるとひび割れが生じます。そうなるともしそこに水が入り込むようなことになれば、漆が剥れ見るも無残な姿になってしまうのです。
漆は本来水と熱には強いのです。漆器の管理にはある程度の知識と経験も必要ではあるかもしれませんが、使った後水洗いし、汚れていれば中性洗剤をやわらかい布巾にでもしみ込ませ、よく泡立て軽く拭いて汚れを落とし、水で洗剤を落とし後は、やわらかい布でよく水気をふき取ってから、後は乾燥し過ぎないところへしまっておけばよろしいかと思います。丁寧に仕舞うのなら柔らかい紙にでも包んで、仕舞っておいて下さい。水洗いできないものものは、柔らかい布等で埃を取る程度でいいでしょう。あまり表面を布で拭きすぎると艶がなくなってしまいます。
以上、甚だ簡単な漆の話でした。
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年頭雑感雑語
堤 祐敬
あおき者達の あらゆる言葉に イノチを吹き込むもの
けいけんなる姿に思わず頭を垂れるもの
まねて始まる学びの庵を結ぶもの
しおの流れを知って知らせて 説く 背中
てれん 手管の 嗚呼 何と 幅狭きものかを 或る日示し賜う半眼
おして知るべし 引いて得るべし 人・僧の道
めでて伸びるか 突いて咲くか それは先ず花の種を見てから
で、ある で、ない ― 肯定と否定を問いて答えて 又1年
とめどなく、絶え間なく 流れよ 空に海に 雲の如き われ
うまれ出るもの、 こぼれ行くもの、 つまりはわが掌の「分」の中で
ごちそうの出ない食卓はなく 痛い味、苦い味は多くとも
ざわめきと静寂が混り合っている中で如何に自心と向き合えるか
いま、コレ、ワタシ、スベテ、ダセテル?
まあるいテーブルは元々角であった けれどその角は取ったのではなく包んで出来た形
すばらしき皆様との新たなる心の触れ合い旅の次第。
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皆さんこんにちは。このHPの新しい担当者でございます。これからはどんどん更新しますのでよろぴくね!
→「たまには更新しますのでよろぴくね!」が正解…。
→このコーナーは会員が順番に担当していくことになりました。最初は当会会長さんの「今月の一言」です。
無題
私が住職をしているお寺は七福神の霊場をしております。昨年の二月頃には、旅行社を通じて団体でお参りされる方々がありました。その中でよくされる質問がありました。例えば、私どものお寺は弁財天をおまつりしております。その弁才天さんを拝む言葉(オン・ソラソバテイエイ・ソワカ)があるわけですが、その言葉を「何遍お唱えしたらいいのですか」という質問でした。皆さんでしたら、どうお答えになられますか?私は「三遍か七遍ですね」と答えました。3とか7とかいう数字で何か思い当たることがありますか?こう尋ねますと、「七五三」という答えが返ってきました。「他にはないですか?」と尋ねますと、なかなか的確な答えは返ってきませんでした。皆さん、年忌の数字を思い浮かべて見て下さい。一周忌が終わりますと、三回忌・七回忌と続いていきますね。その次は、十三回忌・十七回忌となっていきます。やっぱり、3・7ですね。3という数字にも意味があります。3は「吉祥になる」数字で、非常に縁起が良い数字であります。また、7という数字には「物事が成就する」という意味があります。ですから、7という数字にこだわりながら、我々の願い(先祖の皆さんが心安らかに過ごされますようにという願い)が成就されますようにという気持ちで法事の時には勤めさせて頂いております。 合掌
中道(ちゅうどう)
昨今の政治家の人たちが、中道路線とか中道政治などといっていますが、この中道の言葉も仏教から出た言葉なのです。この言葉の元は、サンスクリット語(古いインドの言葉)でマディヤマー・プラティパッドと言い、「真中の道」という意味です。これは、お釈迦様が様々な場面で極端に成らず程々にしなさいと説かれた事から出た言葉なのです。私たちの生活でも、快楽に走りすぎる事や、また逆に極端な潔癖症などは良くないと説かれているのです。よく「ええかげん」などと言いますが、これは良い加減のとこで悪い言葉ではないのです。私たちも、ええかげんを考え、中道を歩む事が大切だと思います。
水引の色
よく、水引の色について聞かれることがあります。この水引の色は、渡す人に自分の気持ちを表すもので、お葬式などの香典は白黒(銀黒)の物、お祝いなどは紅白(金赤)を使います。お寺に渡すお布施などは、お葬式・法事を問わず紅白で良いと思います。ただし、熨斗は取っておきましょう。これは、亡くなった方のために供養をして頂いたという、感謝の気持ちが込められているからなのです。法事などでのお供えは、三回忌から七回忌ぐらいまでは白黒で、後は白黄で良いのではないかと思います。それぞれの立場や考え方も有ると思いますが、参考にして頂ければと思います。 |